この日の授業は難なく進み、最後の授業を残すのみとなった休み時間。
一希は小夜に空き部屋へと呼び出されていた。
「ごめんね、急に呼び出して。ホントは放課後言おうと思ってたんだけど、何か考え込んじゃって。こういうのは先に済まそうって思ったから」
一希は面倒臭そうに壁にもたれかかった。
雰囲気からして何となく状況は分かる。
「一希が、好きなの」
小夜は顔を真っ赤にして告げた。
彼女にとっては一世一代の告白なのだろう。
緊張でわずかに表情が強張っている。
彼女が自分に好意を持っていることは知っていた。態度を見ていればわかる。
転校二日目、浅緋をつける自分をつけていたのは小夜だった。
いつかこのときが来ると思っていた。そしてその好意に対する答えも決まっていた。
「悪いが僕は気持ちに応えることはできない」
一希は告げた。
小夜はそれを否定するように頭を振った。
「気になるヤツがいる」
その言葉に、小夜は目を見開いた。そして眉間に皺を寄せた。
「やっぱり、浅緋なの?」
小夜は一希に詰め寄った。
恥じらいのある可愛らしい姿から一変、表情が醜く歪む。
「ずっと前から・・・僕には別のものしか見えていない」
一希は素直に答えた。それが彼女の想いに対する誠意だと考えていた。
浅緋と愁の顔が浮かぶ。二人ともありのままの自分を受け入れてくれた存在として特別な存在となっていた。
小夜は一希の袖を掴んだ。
「どうして! どうして、いつも浅緋ばっかり!」
小夜は苦々しげに唇を噛んだ。
一希の答えはある程度予想していた。
でも、実際本人の口から聞かされて、こんなにショックを受けるとは思ってなかった。
「優しい幼馴染がいて、誰からも好かれて。美人で頭もよくて・・・」
止めどなく溢れる醜い感情。自分でも嫌気が差しながらも止めることができない。
「今度は好きな人まで取られた!」
小夜は叫んだ。
始業のチャイムはとうに鳴っていたが構わなかった。
「それは違う」
一希は言った。
「え?」
小夜が言葉を噤む。
「彼女が何の犠牲もなしにそれらのものが得られたと思っているのか? 君の知らない辛い過去だってある。何もかもが幸せだったわけじゃない。それでも笑ってこられたのは彼女の努力だ。君の言っていることはその結果に過ぎない」
小夜は目を見開いた。
わなわなと唇が震える。
「それに、こんなことをする人間は誰も好まない」
一希はポケットから紙切れを取り出した。
見覚えのある紙に驚愕する。
「どうしてそれを一希が・・・」
「浅緋の靴箱に入っていたのを見つけたんだ。彼女は見ていない。その前に僕が取り除いた」
今朝のあの行動にはそんな裏が隠されていたのだ。
靴箱にこっそりと隠された手紙など、たいがい恋文か嫌がらせのどちらかだ。
「失礼を承知で中身を拝見させてもらったよ」
彼女に害のないものであれば落ちていたと言って渡せばそれで済むこと。しかし、未だに一希の手の内にあるということは・・・。
「随分熱烈な恋文で」
これ見よがしに紙を降ってみせる。
小夜の顔が屈辱でみるみる赤く染まる。
「浅緋は人を惹きつける。それに魅せられたのは僕だ。そして君も」
小夜ははっと顔を上げた。
「浅緋は君を信じているよ。今は心が離れてもまた元のように戻れると」
一希の声はとても優しく小夜の胸に響いた。
小夜の手を優しく袖から離し、その手に手紙を握らせる。
「大丈夫だ。浅緋はこれを見ていない。僕から言うのも何だが、浅緋と仲直りしてやってくれないか。友達なんだろ?」
小夜の心は揺れていた。
「ダメか?」
小夜は一希を見つめた。
全く、仮にも自分を好きだと言った相手に、恋敵と仲直りをしろとはよく言ったものだ。
それだけ、浅緋の事を大切にしているということだろう。
はぁっと溜息をつく。目には薄っすらと涙が溜まっていた。
「わかった。すぐには無理だけど、努力する」
「ありがとう」
一希は嬉しそうに微笑んだ。
浅緋の事を話す表情。なんといい顔をしているのだろうか。
そういえば、自分が初めて心をときめかせた時も、彼は浅緋を見ていた。
小夜は浅緋を好きな一希に恋をしていたのだと初めて気が付いた。
(やっぱり、浅緋には適わないや)
小夜は苦笑した。
「やっぱり告白してよかった。何かスッキリしたし」
ここ数日の自分はどうかしていた。
気持ちが落ち着いたら浅緋に謝ろう。
一希に告白して改めて浅緋が自分にとっても大切な存在あったことに気が付いた。そうでなければ、恋におぼれて大切な友をなくすところだった。
さっき言ったように今まで道りに接するのは時間が掛かるかもしれない。
でも、やっぱり浅緋と友達でいたいという思いは変わらないみたいだ。
「でも、ちょっとだけ、一人にしていて。授業には遅れるけど、ちょっとだけだから」
「わかった」
その意味を悟り一希が教室を出ると小夜の瞳から涙がこぼれた。
小夜は本気で好きだったのだ。
気が狂うほど純粋に・・・。
しばらく声をあげずに泣いた後、小夜は空き教室を出た。
そして、意外な人物に気が付いた。
(どうして、この人がここに?)
それはこの時間帯にいないはずの人物。
小夜は不思議に思ってその人物の後を追いかけた。
たどり着いたのは玄関である。
小夜が物陰から覗いていると、男はある靴箱の前に立った。
(あれは、浅緋の靴箱)
男はビニル袋を取り出した。
小夜も目を凝らす。しかし、人影ができて何が中に入っているかは分からない。
男はスペースを開けるためにローファーを投げ捨てるとビニル袋を中に押し込み、ポケットから紙を取り出し、その上に置いた。
自分のしたことの満足してたのか、男はニヤリと笑みを浮かべた。
(一体何を・・・)
男が去るのを待って小夜は靴箱に近寄った。
ぎゅうぎゅうに押し込まれた白いビニル袋はよく見るコンビニのもの。しかしその中に入っている物は到底コンビニでは手に入るものではなかった。
「っ!」
小夜は悲鳴を押し殺した。
今叫べば男が引き返してきて来るかもしれない。
小夜は目を背けたいのを我慢して、袋を見た。
赤い液体が袋を汚し、腐臭がする。縛った口の部分にわずかにできた隙間から獣の毛が覗いていた。
元は白だと思われる毛は袋と同じく血で汚れていた。
オカルト関係が好きな小夜も、間近で見る悲惨な光景に逃げ出したい気持ちを必死に抑えた。
震える手で男の残した紙を開く。
その内容を見て思わず紙を投げ捨てた。
その拍子に手が袋にぶつかり、ドサリと音を立てて塊が落ち、中身が半分むき出しになる。
「ひゃっ」
小夜は小さく声をあげた。
それでもその場を離れることはなく、今度は制服のポケットを弄る。手に触れた物を震える手で取り出した。先ほど一希に返された手紙だ。
小夜は急いで中を検める。
(違う。これは私の書いたものじゃない)
小夜が書いたのは手書きの手紙だ。
だが、今小夜の手にあるのは新聞を切り抜いて作られた凝ったもの。刑事ドラマでよく見る脅迫文に似ている。
手紙は何者かによってすり返られていたのだ。
さらに驚いたことに内容は殆ど一緒だ。
小夜は現状をもう一度把握しようとすごい速さで死骸と手紙を何度も往復して見た。。
血まみれの動物の死骸。そこに残された自分の筆跡の手紙。状況証拠としては小夜を犯人とするには十分だ。
そしてクラスメイトなどは小夜が最近浅緋のことを快く思っていないことを何となく気付いている。
このままでは自分が犯人だとされかねない。加えて学校で起きている動物の死体遺棄の事件。この死骸が見つかれば、その事件の犯人だと疑われる可能性がある。
小夜は頭を抱えて蹲った。
どんでもないことになってしまった!
不安と焦りと絶望が胸の中で渦巻く。
(早く誰かに知らせないと!)
職員室には誰かがいるはずだ。自分から言い出せばまだ申し訳が立つ。
踵を返そうとした小夜の口に湿った布が押し当てられた。
誰かが背後にいる。
小夜息を飲んだ。
薬が含まれているらしく、小夜は急激な眠りへと落ちていく。
目の前が真っ暗で、早鐘のように鳴る心臓の音しか聞こえなかった。
(浅緋が危ない・・・)
悟ったものの、小夜は抵抗することができずにとうとう意識を手放した。