転校生(5)




 次の休み時間、前の休み時間に言った通り学校を一希に案内しようと愁と小夜がやってくる。

「一希。行こう」

 小夜が一希を促したが一希は浅緋を振り返った。

「いい。浅緋に案内してもらう」

 その言葉に浅緋はうつむいた。

「私は・・・」

(今は一緒にいたくない)

 浅緋は断ろうとしたが、小夜が割って入った。
 自分が誘っているのに浅緋を気遣う一希にムッとする。

「浅緋はいいよぉ。気分が悪いんだもん。来ないでしょ、浅緋」

 表情は笑顔だが、目が笑っていない。

(小夜?)

 確かに断るつもりだったが、小夜のこの威圧するような眼差しは何だ?
 今朝は普通に話していたはずなのに。

「・・・うん。私はいいよ。二人で行ってきて」

 とにかく、一希とは一緒にいたくはないし、小夜が行ってくれるならそれでいいではないかと考え直し、浅緋は残ることに決めた。
 それを遠巻きに見ていた他の女子生徒も集まってきた。
 転入生を前にしてどう出たものか迷っていたらしい。

「私たちも、一緒に案内してあげる」

「分からないことがあったらなんでも聞いてね」

 あっという間に一希の周りは人が集まり、一希は有無を言わさず彼女たちに案内をされることになった。
 一希のいなくなった教室で浅緋は頭を押さえた。
 一体今日は何なのだろう。
 一希に対しても、小夜に対しても居心地が悪い。

「どうした、浅緋。ホントに具合悪いのか」

 顔を上げると愁が残っていた。
 さりげない優しさにホッとする。

「愁くんは行かなくてよかったの?」

「俺はお前の様子見るために来たの。帰ってきたとき、出て行ったときよりも顔色悪かったからさ」

 自分では気付かなかったが、愁には分かるらしい。

「よく見ているんだね」

「まぁな」

 愁は照れたように頭を掻いた。

「愁くんは変わらないな」

 ポツリと浅緋は呟いた。
 家が隣同士ということもあって兄弟のように育ってきた。何かあったらすぐに駆けつけてくれて、こうして何も言わなくても気がついてくれる。
 昔から自分をよく見てくれて、一番の理解者だと思う。

「少し過保護すぎる気もするけどね」

「何か言ったか?」

「何でもないよ。さっきは気分が悪かったんじゃなくて、指を切っただけだから」

 安心してと浅緋は笑った。
 愁に余計な心配はさせたくない。
 それすらも気がついたのか、愁は心なしか寂しそうな顔をしてピンと浅緋の額を弾いた。

「気分悪くないなら、今日はCDショップ寄って帰ろうぜ。好きなバンドの新しいCDが出てるはずなんだ」

「わかった。私もちょうど行きたいと思ってたし」

 額を擦りながら了解すると、愁はいつものようにニッと笑った。

「じゃ、決まりだな」

 放課後の予定も決まったところで愁は自分の席へと戻く。
 浅緋は主のいなくなった隣の席を見つめた。

(あのことは深く考えないでおこう)

 一希の転校初日からむやみに騒ぎ立てることもないだろう。自分さえ注意していればきっと大丈夫。

(小夜も一希のことが好きみたいだし、隣の席になって話すことの多い私に少し嫉妬しているんだ)

 一希がクラスに溶け込めば、また小夜とも仲良くなれるはず。
 浅緋はそう結論付けた。
 一希は予鈴から少し遅れて帰ってきた。
 一緒に帰ってきた女性とは、転校生に学校を案内していたのだと先に来ていた教師に説明する。教師も「それなら」と許し、授業が始まった。
 その日一日一希の周りには生徒が絶えなかった。
 他のクラスからも噂を聞きつけて様子を見に来た者もいる。そのおかげで浅緋は一希と話さずにすんだ。
 放課後になってもその人気は衰えることを知らず、一希の周りには相変わらず人だかりがあった。その中には小夜の姿もある。

「前は何処に住んでたの?」

「彼女いるの?」

「家はどこ?」

 繰り返される質問に一希は面倒臭そうに聞き流していた。
 明らかに顔が不機嫌である。
 しかし、女子の方もめげない。思いつくままに質問を投げかけてくる。

「どうしてここに転校してきたの?」

 その質問に一希は初めて口を開いた。

「確かめに」

 ようやく聞き出せた答えに女子生徒たちは、もっと聞きだそうとさらに質問を投げかける。

「なになに?」

 フッと一希に笑みが浮かんだ。

「血の絆ってヤツをね」

 その笑みは、不敵に満ちていた。
 それまでしつこく質問していた声がやむ。これ以上聞いてはいけないと誰もが悟った。

「ところで、あの二人って付き合ってるのか?」

 今まで質問される側だった一希が初めて自分から問いかけた。その表情には先ほどの笑みはない。
 一瞬身をすくませた女子生徒も「ああ」と我を取り戻し、一希を同じ方向に視線を向ける。
 視線の先には教室を出て行く浅緋と愁の姿があった。約束していたCDショップへと出かけていくのだろう。

「付き合ってないと思うよ。二人とも家が隣同士で幼馴染だし。昔から仲がいいからいつもあんな感じ。片山くんには弟もいるんだけど、三人とも仲がいいよ。ねぇ」

 説明した女生徒は隣の友達に目配せする。

「何?」

 そこには新しく転校してきた者には分からない何かがあった。
 聞き返されたことが嬉しかったのか、女子生徒はペラペラと話し出す
。 「ううん。あの三人この学校じゃ結構有名なんだ。弟の方は浅緋が好きだって周囲にバレバレなんだけど、浅緋は全然それに気が付いてないの。たぶん片山くんも浅緋が好きなんじゃないかなっと思うんだけど、浅緋ってそういうことにはうといから。三角関係見てるのが面白くって」

 別の女子生徒が後を引き継ぐ。

「浅緋って結構モテるんだけど、あの二人がガードしてるから告白できないって人も多いよ」

「へぇ」

 一希は軽く相槌を打ったが、その目は思案に揺れいてた。

「藤宮くんは彼女いないの?」

 ここぞとばかりに小夜が聞いた。
 全員が一番聞きたいと思っていた質問だ。
 少しの可能性を期待して一同が見守る。

「必要ない」

その答えに全員が「ウソー」と声をあげるが、その中には信じられないという驚きよりも自分にも可能性はあるという打算が多分に含まれていた。

「絶対モテそうなのに」

「もったいなーい」

 それぞれ社交辞令の言葉を並べる。
 見え透いた言葉を話す彼女たちを一希はこびるように上目遣いに見つめた。

「別に女がいないわけじゃない。欲を満たすだけの女なら腐るほどいる」

 その言葉に女生徒は呆気に取られ、そして殆どの者が頬を染めた。
 ここまで自分のモテ振りを披露されるとむしろ清々しい。

「私たちはどう思う?」

 勢いに乗って一人の女子生徒が問いかける。
 一希はしげしげと品定めをするかのように姿を見つめ、正直に答えた。

「うまそうだと思う」

「やだ。美味しそうだなんて」

 一希の冗談に周囲に笑いが木霊した。
 その中で一希は真剣な表情で呟いた。

「ホント、美味しかったよ。浅緋」

 チラリと浅緋の消えたドアへと視線を送った。脳裏に頬を染める浅緋の顔が過ぎる。
 一希は周囲に気付かれないようペロリと唇を舐めた。
 唇からはわずかに白く尖った八重歯が覗いていた。