始まりの夢(2)




 すぐ隣の片山家は三十秒もかからずたどり着く。飼っているゴールデンレトリバーのルルに挨拶をし、呼び出しベルを鳴らす。 慌ただしい足音が聞こえ愁に少しだけ似た少年がドアを開けてくれた。

「おはよう。ひーくん」

「うす」

 出迎えてくれた少年は片山愁の弟で浅緋のもう一人の幼馴染である。
 同じ学校に通い、学年は一つ下。愛称は『ひーくん』。本人は止めろとうるさいのだが、長年呼んできた呼び名はなかなか変えることができない。
 愁がお兄ちゃんのような存在なら、久成は弟のような存在だった。
 最近ぐっと背が高くなって、今では浅緋も見上げなければ視線が合わない。それに、どうも最近浅緋に対してよそよそしくなったのは気のせいだろうか。

「今日は早いな。雨でも降るのか?」

 歯磨きをしながら奥から出てきたのは愁である。

「もうっ! 朝からそんなこと言わないでよ」

「ははっ。ワリィな。ちょっと待ってろよ。今支度するから」

 愁と久成との登校は浅緋の日課である。
 去年までは愁とだけの登校だったが、今年久成が入学したおかげで、また前のように一緒にいられることが多くなった。浅緋はそれが本当に嬉しいのだが、男二人は少し考えが違うらしい。
 先に久成が私宅を追え、玄関で一緒に愁を待つ。愁は数分遅れて大きく欠伸をしながらゆっくりとした足取りでやってきた。

「遅い」

 久成がイライラと靴を鳴らす。

「お前らが早すぎなんだよ」

 愁は遠慮なく久成をこずくとその倍にして久成が言葉を返した。
 それを浅緋はほほえましく見守る。

「準備ができたら早く行こう」

「はいはいっと」

 三人で片山家の門をくぐる前、ルルがやたらと吼えた。

(さっき撫でてあげたときは何もなかったのに)

 お腹がすいたのかなと考えてそのことはすぐに忘れてしまった。
 徒歩で駅まで歩き電車に乗って、そこからさらに学校まで歩いていく。その最中、浅緋はさっき父親から聞いた事件を話した。

「それなら俺も見たぜ。この近くでそんな事件が起こるなってビックリするよな」

「浅緋も気をつけて」

「ありがと、ひーくん」

 久成の言葉に浅緋は素直に礼を言った。久成はプイッと目を逸らす。

「そうそう、一応は女だからな」

「もう! 一応って何なのよ」

 浅緋は拳を振り上げが、愁は片手でそれを受けた。

「ははっ。でも、真面目な話、登下校とかできる限り俺たちとしろよ。心配なんだからさ、一応」

「一言余計だけど、大丈夫だよ。私には無敵の幼馴染が二人もいるんだから。ね?」

 浅緋は愁の腕と久成の腕に自分の腕を絡ませた。

「ったく、しょうがねぇな」

「全くだ」

 浅緋の純粋な信頼に片山兄弟は顔をほころばせた。
 学校から少し離れたところで浅緋は後ろから肩を叩かれた。

「おはよう、浅緋」

「藤宮くん!」

 現れたのは昨日転校してきた藤宮一希。
 浅緋は彼に夢の事を聞きたいと思ったが、愁や久成がいる手前聞くことができなかった。

「よっ! お前もこっち側なんだな」

 愁が手を挙げて挨拶をすると、一希は答えるように頷いた。

「ああ。こいつは?」

一希は浅緋の隣にいる久成を見た。じろじろと値踏みするように上から下まで見つめる。

「俺の弟の久成。久成、こっちは昨日転校してきた藤宮一希」

 愁がそれぞれを紹介する。

「へぇ、これが噂の」

一希は愁、浅緋、久成を交互に見て納得したように頷いた。

「何だよ」

 こいつ呼ばわりされて久成はいらただしげに一希を睨みつけた。
 なんとなく不愉快な気分だ。

「別に。それより浅緋、学校行くなら僕も一緒に行く」

「えっ、あの」

 突然そう言われて浅緋は困惑した。断る理由はないが、戸惑いを隠せなかった。
 さらに一希は畳み掛けるように言った。

「どうせ方向は一緒だ」

「う・・・ん」

 こうして四人は学校へと向かった。
 学校に着くと、校門に小さな人だかりが出来ていた。

「なんだろ?」

「行ってみるか」

 四人が近寄ってみる。集団は何かを囲むようにできていた。
 ヒソヒソと話し合う言葉が聞こえるが、よく聞き取れない。
 表情には不安、驚き、緊張が表れていた。

「どうしたんだ?」

 愁が近くにいた生徒に尋ねた。

「鳥が死んでるんだ」

「鳥?」

 愁が指差された方を見てみると門の下には黒い塊があった。
 愁はよく見ようと目を凝らす。
 それは一羽の鳩だった。
 浅緋は思わず口と鼻を手で覆う。

「別に鳥が死んでるくらい、訳はないだろ」

 学校にいる鳩が寿命を迎えて死んでいる。それを人間が見つけるのはそう珍しいことではないはずだ。
 そう考える愁の横で一希は眉根を寄せた。

「自然死じゃない。分からないか? 血が抜かれている」

 一希が顔を厳しくして言った。

「それに、羽が散らばってないからこの場で他の動物に殺られた訳でもない。別のどこかで捕まえられてここに置かれたんだろう」

 一希の鋭い観察に愁が近づいて鳩の体を確かめた。すると首のあたりに刺し傷を見つけた。

「ホンとだ。おいっ、誰か先生呼んで来い!」

 愁の掛け声に数人の生徒が駆け出す。

「血が抜かれてるって」

「ああ、見たか? 今朝のニュース」

「やだ。怖い」

 騒ぎを聞きつけ、周りには何人もの生徒が集まってきていた。
 一希の一言に今朝のニュースとの関係性を考える者も多く、生徒の顔に不安が過ぎる。不安は伝染し、当たりはザワザワと騒がしくなってきた。

「浅緋はこれ以上は見ないほうがいいよ」

「・・・うん」

 久成と一希に連れられて浅緋は集団から離れた。

「大丈夫?」

 久成が心配そうに顔を覗き込む。

「平気。ちょっとビックリしただけ」

 浅緋は弱々しく微笑んだ。

「どいて、どいて」

 校舎から教師がやってきた。
 群がる生徒たちをどかして現場を見ている。その中には保健医の佐藤もいる。

「ちょっと待ってて。佐藤先生を呼んでくるから」

 久成はひとまずその場を離れ、佐藤を呼びに行ってしまった。

「大丈夫か?」

 一希が声をかける。

「うん。ごめんね、心配掛けて。でも、本当に大丈夫だから」

「気にすることはない」

「やっぱり今朝の事件と関係があるのかな」

 浅緋は一層騒がしくなった人だかりを見て言った。
 教師たちは鳩を前にしゃがみ込み、何事か話し合っていた。

「さぁな」

 一希の答えはあっさりしたものだった。
 浅緋はさっき引っかかった一希の行動について質問してみることにした。

「さっきなんで鳥を見ただけで、血が抜かれてるって分かったの?」

 血が抜かれていると一希は言った。
 離れていたはずなのに、死骸を見ることも実際に触れてみることもなく言い当てたのだ。

「そうだったか?」

 一希はあからさまにはぐらかした。
 「そうだったよ」

「君は何も知らなくていい」

 一希は浅緋の頭を撫でた。
 不意に乗せられた一希の手は意外にも優しくて、彼の手の温もりに浅緋はまた懐かしさを感じてしまった。

(あ、まただ)

 浅緋は困惑した。
 なぜ彼を見ていると懐かしくなるのだろう。

(そうだ、今ならあのことを聞けるチャンスかも)

「ねぇ、藤宮くん」

 浅緋が口を開いたその時、久成が佐藤をつれて戻ってきた。

「先生を連れてきたよ」

 浅緋は出掛かった言葉を飲み込んだ。
 事前に様子を聞いていたのだろう。佐藤は浅緋の顔を覗き込んだ。

「ああ、これはひどい。保健室で休ませましょう」

 佐藤が手を添えようとしたが、浅緋はそれをやんわりと断った。

「ありがとうございます。でも平気ですから」

 確かにあれ以上死体を見ていたくはなかったが、保健室で寝るほど気分が悪いわけではない。
 連れてきてくれた久成には悪いが、そこまで繊細ではないのだ。

「いいえ、寝ていた方がいいですよ」

 だが佐藤も引き下がらない。
 浅緋も腹立たしくなってきた。

「私、本当に平気・・・」

「浅緋、無理はしないほうがいい」

「彼の言うとおりです。さぁ」

 久成にも促されて佐藤に背中を押されて移動させられる。
 それを止めたのは一希だった。

「こいつは平気だと言っている」

 佐藤の腕を掴み睨みつける。
 一瞬その威圧に怯んだものの、久成派ムキになって張り合った。

「何言ってるんだ。保健室に連れて行った方がいいに決まってるだろ!」

 久成がそれに反抗した。どうも一希とは相性が悪いらしい。

「おいおい、お前ら何やってるんだ」

 先生に状況の説明をしていた愁がやってきた。

「兄貴。浅緋が具合悪いっていうのに、こいつが保健室に連れて行くのを止めるんだ」

 愁は過保護過ぎる久成にうんざりするように溜息をついた。

「ったく、小学生でもないのに、出会ってそうそう喧嘩してんじゃねぇよ」

 愁は面倒臭そうに頭を掻いた。

「どうした。平気か?」

 愁はかがんで浅緋視線をあわせた。
 浅緋はコクリと頷いた。

「そか。先生、コイツは大丈夫そうなんで俺が教室まで連れて行きますよ。久成もそれでいいな」

「・・・わかった」

 兄の言葉に久成もしぶしぶ頷いた。
 浅緋は愁と共に教室に向かう。久成は口を出した一希を恨みがましそうに睨みつけてから二人の後を追った。
 一希はそれを見送ってから、佐藤に向き直った。
「先生。鳩って美味しいんでしょうか?」

 突然の質問に佐藤は不機嫌そうに目を細めた。

「何が言いたいんだね」

「他意はありませんよ。ただ、先生から血の匂いがするんで」

 佐藤は自分の手の甲を匂ってみるが、血の匂いなど全くしない。

「何を言ってるんだが。もしするとしたら昨日の夕食に使った鶏肉の匂いではないかな」

「そうですか」

「君は私を疑ってるのか?」

 冷静だが、冷たい視線が一希を見据える。

「そんなんじゃありませんよ」

 一希は人懐っこい笑みを浮かべて、とんでもないと手を振った。

「憶測するのは勝手だが、私は違う。それに、友達を思うなら無理はさせずに、休ませることだ。では私は行くよ。他にも気分の悪い生徒もいるからね」

 これ以上話すことはないと佐藤は背を向けた。

「そうですね。以後気を付けます」

 一希はそう言うと、先に行った三人を追って校舎へと歩き出した。