「何なんだよ。あいつは」
教室へ向かう途中、久成は珍しく暴言を吐いていた。
それでも足りないのか地団駄を踏む。
「まぁ、そう怒るなよ」
「そうだよ。私ホントに保健室行かなくてもよかったんだから」
子供の癇癪のような態度に年長者の二人は呆れ顔で見つめた。
自分でもそう思ったのか、すぐに大人しくなった。が、それは行動だけで、口は相変わらず悪態をつく。
「でも、あいつのあの態度にはムカつく! 兄貴はなんとも思わないのかよ! あんなパッとと出のヤツにいいとこ取られて」
「あれはお前が悪い。浅緋の意見も大事にしろ。心配するだけが優しさじゃない。折角いいトコ見せるチャンスだったじゃないか」
目の前で分からないやりとりが続く。話はいつの間にか一希の話から遠ざかっていた。
「兄貴はいつもそうだ。浅緋のこと分かってるくせに、自分で何かしようとしない。さっきだって浅緋のそばにいられたはずだ。いつも浅緋は俺に任せて、そのくせ自分は浅緋のことを一番分かってるなんて卑怯だ!」
久成は浅緋がいることも忘れてギャーギャー騒ぎたてた。周りに生徒が全員こちらを見ているのも目に入っていない。
一触即発の雰囲気に浅緋はハラハラと見守った。
「・・・ほら、一年はそっちだろ。こっちは二年の校舎」
放っとくとこのまま付いてきそうな勢いなので、やんわりと愁は注意した。
久成はまだ怒りが収まりきらないのかキッと兄を睨みつけ、それから浅緋に視線を移した。
「浅緋、無理だけはするなよ」
「うん。ありがと、ひーくん」
浅緋はにっこりと頷いた。口は悪いが根はとても優しいのだ。
それを見てやっと安心したのか、久成は一年の校舎へと向かった。
「まだまだ子供だな。その分素直なんだけどよ」
まるで反抗期の息子を持つ親のような言い草に朝日はプッと噴出して、
「愁君は親父くさいね」
と言った。
愁は「げっ」と唸る。
「勘弁しろよ。俺はまだ若いし、加齢臭もしないっつーの。ったく、一希も来たことだしさっさと教室へ行こうぜ」
見るとちょうど一希もやってきたところだった。
「お前、匂うな」
愁を見るなりそう口にする。
固まってしまった州の前を一希は平然と通り過ぎる。浅緋はそれを追いかけた。
「話、聞こえていたんでしょう」
問いただすと、一希は答える代わりに悪戯っぽく唇の端を吊り上げた。
(いい性格してる)
浅緋はぽかんと背中を見つめた。
振り返ると愁は真剣な顔で制服の袖を匂っていた。浅緋は哀れみの目でそれを見てから、もう一度一希に視線を向けた。
完全に聞くタイミングを逃してしまった。
愁のいる前で7年前の話はしたくない。彼が自分の忘れた過去を知っているのなら、聞きたいのは山々だが、今はそのときではないのだと浅緋は自分に言い聞かせた。