始まりの夢(4)




 結局、その日の事件は例の事件もあって警察によって調べられ、首筋を切られ血も抜かれていたことから残虐的悪質な悪戯ということで処理された。また場所も近いため例の事件との関係性も検討していくらしい。
 学校側もより一層注意を促すということで、急遽生徒と保護者に向けたプリントが配布されることになった。
 また、この日の部活動は全て中止となり、全校生徒に早く家へと帰るよう指示がなされた。
 寄り道などせずにまっすぐ家へ帰るようにとの小言付きだ。
 だが、生徒がその言葉を素直に聞き入れるわけもなく、降って沸いた自由な放課後にどの生徒も浮き足立っていた。
 浅緋もその一人で、自分自身は部活動に入っているわけでもないが、他クラスにいる親友の雪村梓と街と出かけた。心配する愁と久成に明るいうちに帰ってくるからと約束をした上での外出だった。
 雪村梓は高校に入ってから浅緋が知り合った友達だ。大人しいが根はしっかりとした性格で、赤いフレームの眼鏡がよく似合っている。
 二年に入ってクラスは離れてしまったが、今でも一番の親友である。
 この二日何かと落ち着かなかった浅緋は、この時間を楽しく満喫していた。

「浅緋と話すの久しぶりね」

「クラス離れちゃったからね」

 ウィンドーショッピングを楽しんだ後、お馴染みの喫茶店でお茶を飲んでいる。奮発してケーキ付だ。

「私は浅緋が心配よ。宿題をちゃんとしてきているかとか、忘れ物をしていないかとか、片山くんに迷惑掛けてないかとか」

 梓は頬に手を当て、大げさに溜息を付いた。

「酷いなぁ。そんなことないよ」

「ならいいけど」

 梓はフフッと微笑んだ。

「ねぇ、浅緋。前から聞きたかったんだけど、片山くんと久成くんのどちらが好きなの?」

 キラリと眼鏡が光った。どうやら彼女の乙女思考に切り替わったらしい。恋の話となると目の色が変わるのが年頃の女の子というものだ。
 浅緋は思わず持ったカップを落としそうになる。

「ええっ! どうしたのいきなり。二人とも大事な幼馴染だよ」

「それだけ?」

「それ以外に何かあるの?」

 あっさり返されて、梓は逆に返答に困ってしまう。

「・・・えっと、ないわね。じゃあ、他に好きな人は?」

「えー、いないよ。本当にどうしたの?梓ってば」

 本当に分かっていないという風に返されて、梓は溜息をついた。

「何でもないのよ」

(片山くんも久成くんもこれじゃあ苦労するわ)

 梓は片山兄弟のこれまでの気苦労を思い悩んだ。

「そういえば、クラスに面白い子が入ってきたんですって」

 梓は別の話題をふってきた。
 眼鏡は相変わらず光っている。どうやら諦めたという訳ではないらしく。話の本題はこれからのようだ。
 浅緋はその質問に「うっ」と詰まった。正直あまり触れたくない話だ。

「その様子だとあまりうまくいってないようね」

 梓はふぅっと息をついた。面白い展開を期待していたらしい。
 浅緋はどう言ったものか悩んでブスブスとケーキをフォークで突いた。

「別にうまくいってないって訳じゃないんだけど、何か冷たい感じがして・・・」

「それは私のクラスの女子も言っていたわ。まぁ、その子は浅緋と違って、そこがいいって言ってたけど」

 普通の感覚だとクール=かっこいいという方程式が成り立つのだろうが、浅緋の印象とはそれとは違った。
 正直のところまだあまり掴めずにいる。

「わからないなぁ。今日も女の子に囲まれてたし」

 はっきり言って一希が転校してきてから一希の周りには女子が絶えない。
 あれから何とか話す場ができないかと機会を伺っていたのだが、結局は女の子が一日中囲んでいたので結局話すことができなかった。

「みんな転校生が珍しいだけよ。そのうち慣れてくるわ」

「・・・そうだよね」

 言葉を濁す浅緋に、何か引っかかることがあるのだと梓は敏感に感じ取った。

「妙に歯切れが悪いわね。何か思うところがあるの?」

「うーん。梓だから話すけど、藤宮くんって何故か懐かしい感じがするんだ。ほんの一瞬だけだったけど。向こうも私のことを知ってるみたいだったし」

「冷たいとか懐かしいとかはっきりしないわね」

 拍子抜けしたように言う。それは浅緋も分かっている。

「なかなかちゃんと話す機会がなくて」

「焦ることはないわ。時間はたっぷりあるんですもの。片山くんに久成くんに藤宮くん・・・面白い展開になりそうね」

 梓が微笑を漏らす。それからビッと人差し指を突きつけ、身を乗り出した。

「いい。そのときが来たらちゃんと考えて行動するのよ。嫌なら嫌とはっきり断る!『嫌よ嫌よも好きのうち』なんて考える男もいるけど、そんなんじゃダメ。はっきり自分の気持ちを伝えなきゃ。流されたらダメよ」

「え? う、うん。わかりました」

 その時ってどの時? と乙女思考皆無の浅緋は疑問に思いながらも、希薄に負けて頷いた。

(やけに男に手厳しいなぁ。もしかして昔何かあったとか)

 と、勘ぐりたくなるのを堪える。

「よろしい」

 梓は満足げに頷いた。

「でも、そしたらこんな風に気軽に誘えなくなるわね」

 さっきの勢いはどこへやら。今度は寂しそうに呟く。

「梓といるの楽しいよ。ホッとする。今日はありがとね」

 浅緋はにっこりと笑って、残りのお茶を飲み干した。

(この子全然気付いてないのね)

 少しだけ浅緋に想いを寄せる男性陣に同情した梓だった。