始まりの夢(6)




 あの後、浅緋はずっと考えていた。
 それはベッドに入っても同じで、浅緋はなかなか寝付けずにいた。
 ――思い出してどうするんだ?
 ――知らなくて幸せならそれでいいじゃないか。
 一希の言葉が頭の中をぐるぐる回っていた。

(私は思い出してどうしたいんだろう)

 浅緋は暗闇の中で天井を見つめた。
 今まではひたすら思い出したい。それだけだった。
 それは秘密にされると余計に知りたくなる真理と一緒で、知ること事態に意味などなかった。
 ただ、一つだけ感じていたのは自分だけそのことを知らないのだという疎外感。自分だけ仲間はずれにされているのだという気分になった。
 だが、一希の言う『どうする』は考えたことがなかった。
 知った後のことなど考えたこともなかった。

(思い出したら何か変わるのかな)

 浅緋は寝返りを打った。

(知って・・・私は・・・)

 やがて浅緋は静かな寝息をたて始めた。



 同じ頃、一希は自室の窓辺で闇夜に浮かぶ人口の灯りを見ながら昼間のことを考えていた。
 愁のあの状態。獣のように血をすするあの浅ましい姿。

(あれは数日のうちの堕ちる)

 気に入らない。
 愁はどれだけ望んでも手に入らないものを持っていたにもかかわらず、簡単に放棄した。
 状況から見れば仕方なかったのかもしれない。あの時愁は何も考えていなかった。
 守りたい。ただそれだけの思いが彼を突き動かした。その結果がどのようなことに繋がるかも知らずに。
 そして今も浅緋を守るために、自分が犠牲になろうとしている。
 数週間前、愁から連絡が入った。
 あの日以来そんなことはなかった。
 内容は自分の代わりに浅緋を守ってほしいということ。
 今日彼女をつけたのもそのためだった。

(馬鹿が。分かってないとでも思ったのか)

 はっきりと口に出してはいなかったが、自分の状況に見切りをつけたのだろう。そして完全な獣になる前に、姿を消すつもりだったのだ。
 ふと、浅緋の顔が浮かぶ。

(何で話すなんて言ったんだ)

 自問自答を繰り返す。浅緋と別れてから何度となく考えていたことだった。
 それに浅緋が言ったあの言葉。
 ――私が忘れちゃって寂しくない?
 寂しい? 僕が?
 施したのは自分だ。浅緋のためには言わない方がいいに決まっている。
 それに思い出してもすでに気を失っていた浅緋が覚えているはずがない。浅緋は勘違いをしている。助けた男の子は自分だと。
 それは分かっているのだが、心の底で思い出してもらいたいという気持ちがあった。
 彼女は懸命に自分を見ようとしている。
 一希はあの日の夜を思い起こした。
 浅緋にとっては怖くて忘れた記憶。
 一希にとっても忘れられない記憶。そして愁も―――。
 初めて二人と出あった時の記憶は一希にとって特別なものだった。
 実は彼がこの時期に転校してきたのもそこに理由があった。
 全てを知っている自分は二人がどこへ行くのかしかと見届けよう。それが、自分の役割。
 フッと一希は自嘲した。
 果たしてここへ来たことは正解だったのか。
 今はまだ何も言えない。
 冷たい風が彼の髪をさらった。

(お前たちはどんな答えをだすんだろうな)

 一希は輝く月を仰いだ。