吸血鬼(1)




 次の日、浅緋は憂鬱な気分で登校していた。しかしそれ以上に愁は顔色が悪い。
 一緒に登校しているものの、距離を置かれている気がする。
 久成に聞いてみると帰ってきてから様子がおかしいということだった。

「兄貴、最近おかしいんだよね。食事中にガブガブ水飲んでさ。そのくせ殆ど食事には手を出さないし。散歩も行かないし。なんかルルのほうが兄貴を怖がってるみたいだ」

 こっそりとそう教えてくれた。
 学校に着くと玄関の前に人だかりがある。昨日と同じような光景に三人に嫌な予感が走った。
 そして、予想通り既に来ていた教師によって運び出されている塊を見て、愁は顔を険しくさせた。

「今度はカラスか。しかも校内。明らかに意図があるな」

「そういえば、例の事件の犯人まだ捕まっていないんだろ」

 先日発見された変死体。
 今や血を抜かれていたことから『女子高生・吸血鬼殺人事件』などと称されニュースや新聞など各種メディアから取り上げられていた。
 現段階では解剖が済み、身元も解明されたらしい。
 名前は立華律子。浅緋たちと同じ高校二年生だった。致命傷はリストカットによる出血多量が死因だと判定されていた。
 左手付近で剃刀が見つかったことから自殺ではないかと思われた。
 しかし、それだと多くの疑問が残る。何故山中に捨てられていたのか。何故裸だったのか。
 また、解剖の結果、性的暴行を受けたことも分かった。体にも複数殴られたり蹴られたりした後が見つかったらしい。そして手首には縛られた形跡も残っていた。
 警察は何らかの事件に巻き込まれた可能性があると見て、死体遺棄事件として捜査していくらしい。
 だが、身元が判明したことと犯人のDNAが摂取できたことにより、事件は早急に解決するだろうとのことだった。
同年代の異形な死に浅緋は驚きを隠せなかった。それは他の生徒も同じだったようで、身の回りで起こる狂気的な事件に恐怖を感じていた。
 この日の部活も中止。
 警察にも届けたようで、変死体の事件もあってそれと合わせて巡回を強化するということで落ち着いたらしい。
 この日浅緋は落ち着かなく過ごしていた。
 主な原因は昨日の一希だ。
 チラチラと隣の一希を盗み見ると、相変わらず女子に囲まれている。その中には小夜の姿もあった。だが一希はこちらのことを見ることはなかった。

(誰のせいでこんなに悩んでると思ってるの!)

 心の中で文句を言ってみるが、それは無意味に終わった。
 帰りのホームルームが終わると、生徒たちは慌ただしく教室から出て行く。
 一希の姿は既にない。
 もう校門へと向かったのだろうか。
 浅緋も急いで帰り仕度を済ませ、教室を出ようとした。

「おい、ちょっと待てよ」

 声を掛けてきたのは愁だった。今朝より顔色が悪い。

「大丈夫?」

 早く出て行きたい衝動を堪えて、浅緋は振り返った。

「今朝のアレ見ただろ。危ないから一緒に帰ろうぜ。その、俺だって心配なんだからよ。それからちょっと話したいこともある」

 愁は質問には答えず、最後の方はボソボソと小声で言う。
 教室に残っている生徒がニヤニヤとこちらを見ている。
 心配してくれているのは分かったが、早く行かなければ一希が帰ってしまうかもしれない。そう考えると、浅緋は周りのことなどかまってられなかった。

「ごめん、愁くん。私寄るところがあるの」

 そう言うと浅緋は鞄を持ってさっさと教室から出て行ってしまった。
 残された愁は呆然とドアを見つめていた。

「ふられちゃったねぇ。愁くん」

 一人の男子生徒が愁の肩を叩いた。

「ま、お前にしちゃよくやったって」

 もう一人が愁の肩をがっしりと組んだ。
 それに同調するように、教室にいる生徒がうんうんと頷いた。
 みんな同級生の淡い恋を温かく見守っていたのである。

「俺は、別にそんなつもりじゃ」

 愁はうるさいとばかりに肩に乗せられた手を払いのけた。

「愁!大変だ」

 窓際にいた生徒が声をあげて愁を手招きする。
 断られて少なからず傷心している愁はゆっくりと向かったが、相手は早く来いと急き立てる。

「新参者の登場だ」

 くいっと顎で外をしゃくった。
 彼に促されて窓の外を見る。
 外を走っているのは先ほど出て行った浅緋だ。
 そしてその先の校門にいるのは、

「一希?」

 その場の誰もが驚いた。
 彼らの見ている前で浅緋は一希と何事か話し、そして一緒に歩き出したのだった。

「いいのか? 追いかけなくて」

 意外な展開に先ほどまでからかっていた生徒が様子を伺うようにおずおずと尋ねる。

「いいんだよ。俺が望んだことだ」

「はぁ?」

 訳のわからない答えに首を傾げる。
 愁は踵を返すとそれ以上の追求を無視して鞄を掴み、無言のまま教室を出て行った。