吸血鬼(4)




 場所を変えてここは駅近くのファーストフード店だ。
 夜の時間帯もあって中は若者で溢れていた。
 愁と一希が店の中に入ろうとしたとき、浅緋は慌ててそれを止めた。

「今から深刻な話をするんじゃないの? 人に聞かれたりしたら・・・」

「お前、暗いところで女の子一人と男二人で話しているところ見られてみろ。それこそ怪しいってもんだ。逆にこういうところのほうがいいんだよ。みんな自分のことばかりで他人の話なんざ聞いてねぇよ。仮に聞こえたとしても、空想か、頭のイッてるやつらだって笑われるのがオチさ」

 それもどうかと思うが、周りを見ていると確かにそれぞれ話しに没頭していてこちらのことなど見向きもしない。
 むしろそっちの声の方が大きくて、愁たちの声が聞き取りにくいくらいだ。

「そういうもの?」

「そいういうもの、そういうもの」

 愁はにっと笑顔を作った。
 その笑顔に浅緋は少しホッとする。

(よかった。いつもの愁くんだ)

 先ほどの愁は壊れそうだった。
 触れてはいけないと思うほど繊細な感じさえした。
 それをいとも感嘆に破って見せたのは一希だ。
 彼らが内々に連絡を取っていたのは驚いたが、それも浅緋を思ってのことだというのも分かっている。
 浅緋たちはそれぞれ注文すると、やっと見つけた窓際の席に落ち着いた。

「それじゃ、早速話とやらを聞かせてもらうかな。ここまで来たんだから今更出し惜しみなんてしないでしょ?」

 一希は頷いた。

「ちょっと待った!」

 止めたのは愁だ。
 掌を前に掲げて待ったのポーズをとっている。

「その前にちょーっと聞きたいんだけどさ。何で俺の知らない間に話すことになってんの?能力を発揮して正体がばれたのはともかく、浅緋は記憶を思い出しちまうし、俺はそんなの一つも聞いてなかったんだけど。第一、俺は話さないって約束したはずだぜ」

 一希の言っていた『あいつ』の正体は愁だった。
 愁にとって過去の話をするというのは約束を破るということ。
 納得がいかない愁に一希は、

「気が変わったんだ」

 と、さらっと一希は言ってのけた。

「気が変わったって、お前なぁ・・・」

 ガックリと肩を落とす。
 それを見て一希は悪戯っぽく笑った。

(なんか性格変わってない?)

 初めはクールで怖いという感じさえ下が、今は愁をからかって楽しむ悪戯っぽさまで出ている。恐らくはこちらの方が素なのだろう。
 どちらかといえばこちらの方がすっといい。
 ヴァンパイアと聞いても彼自身のことを怖いとは思わなかった。愁がいるからということも理由の一つだが、それ以上に彼の態度の変化が大きな要因だ。
 あの時、ビリビリとした威圧的な雰囲気は感じたが、彼が力を押さえ込むと同時にその圧力も消え、赤い瞳も元の黒い瞳に戻った。

「そういえば、教えてもらえるってことは私って正解したの?」

 浅緋は尋ねた。隣では愁がブツブツ言いながらハンバーガーをぱくついている。

「正解というよりかは合格かな。もともと正解なんて用意してないし、正直な意見を聞きたかった」

 一希は真っ直ぐ浅緋を見つめた。思わずドキリとしてしまう。

「君は僕に寂しくないかと聞いてくれた。忘れられて寂しくないかと。そして男の子のことを思い出したいとも言った。僕も君に話すべきか悩んだ。君に、二人に嫌われるのが怖かったからだ。情けない話だが人と関わらない生活をしていたせいで、人と触れ合うことに臆病になっているらしい。君がこうして目の前にいるだけで奇跡とも思える。だから僕は思い出してほしいと思ったんだ」

「そんな、深くは考えてなかったかも。結局は違ったし、それに自分のためだってのも本当だったし」

 浅緋は思わず下を向いた。なんだか申し訳ない気がしてくる。

「君は自分のことを我侭だと言っていたが、僕も十分我侭だ。君なら全てを受け入れられると思って話す。いいな。これは僕の我侭だ」

 最後は愁に向かって言う。愁も仕方ないと小さく頷いた。

「コイツはな、俺たちに会うまでずっと一人だったんだよ。」

 浅緋は顔を上げる。

「ヴァンパイアは人のそれより寿命が長い。人とは時の流れが全然ちがうんだ」

 一希が補足を入れてくれる。

「随分と長い間ずっと人を避けてきた。人と関わったのは随分と久しぶりだ」

 一希の言う『随分』が一体どれだけの長さは浅緋には推し量ることができなかった。
『孤独』。
 そんな言葉が浅緋の頭に浮かんだ。
 それはとても辛くて悲しいことだ。

「君はあの時既に気を失っていたから僕のことをおぼえてはいないだろうけど、それでもいい。僕は君にまた会えて嬉しかったよ」

「藤宮くん・・・」

 見詰め合う二人の間にさっと手が入った。

「なーにいい雰囲気になってんの。話すんだろ、ハ・ナ・シ!」

 愁がピクピクと頬を引きつらせて方向を修正した。
 浅緋は少しだけ頬を染めて下を向いた。

「前置きが長くなったが」

「誰のせいだ。誰の!」

「浅緋、ヴァンパイアとはどういう存在だと思う」

 愁を無視して一希は話をはじめた。
 愁はまたもやブツブツと文句を言いながらジュースをすする。
 浅緋はこの間小夜に聞いたヴァンパイアの特徴を答えた。

「人の生き血を吸って、にんにくと十字架が苦手で、朝日を浴びたり、心臓に杭と打つと死んじゃうんでしょ。あれ? でも、藤宮くんは平気だよね」

 浅緋は首をひねった。
 小夜の言うヴァンパイアとは大きく矛盾している。

「それは人間が勝手に想像したヴァンパイアだ。確かに朝は苦手だが人間だって低血圧だといって朝が苦手な者もいるし、心臓に杭を打てば普通死ぬ。夜の生活を好むし、人間よりは生命力は強いけど」

「なるほど」

 ふんふんと浅緋は頷く。

「ヴァンパイアと一言で言っても、その種類は主に二つに分かれる。純粋に吸血鬼の血を受け継ぐ純血種。それと人間との間に生まれた混合種。この二つだ。長い年月をかけてその血は薄れ、今ではその血を受け継ぐものは少ない。ちなみに僕は混合種だ。混合種も人間の数に比べればほんの一握り。実際に吸血行為を行うものほとんどいない。普通の食べ物でも生きていけるし、植物からもエネルギーを吸収することができるからな。中には自分がヴァンパイアの末裔と知らないまま人間として一生を終えるものもいる」

 一希の前には一人分のセットが並んでいて、それを当たり前のように食べている。
 ヴァンパイアがハンバーガーを食べているのもおかしな光景だが、現実にこうして目の前にいるのだからそうなのだろう。
 初めて聞く話に浅緋は真剣に聞き入った。

「へぇ、なんか便利なんだね」

 観点のずれた感想に一希は苦笑した。

「エネルギーを吸収することもできるが、またその逆もできる。この間傷を舐めただろう?」

 浅緋は指先を押さえた。
 あの時の記憶が蘇って頬が薄っすら染まる。

「そんなことしてたのか!」

 愁が思わず立ち上がった。
 そのせいで周りの視線が一気に集まり、愁は渋々席に座る。

「口からエネルギーを移すんだ。すると細胞が活発化して傷が治る」

 だから佐藤が見たとき傷がなくなっていたのか、と浅緋は納得した。

「混合種の数も少ないが、純血種の数はさらに少ない。混合種は血を吸わなくても生きていけるが、ヤツらは違う。血を好み、争いを好む。この習性がかつての人間との戦争を引き起こした。結局はその習性が原因で滅亡の危機まで陥るほどの引き金を引いてしまったのだが。それでもわずかな吸血鬼が生き残った。ヨーロッパを拠点としていたヴァンパイアだが、これをきっかけに世界各地へと広がった。日本に渡ってきた者もいた。それが俺の祖先だ。土地の人間と交わり、血も大分薄れてきた。今となっては純血種の者はいないはずだった。だがあの日、あの男が現れた」

 鋭く一希の目が光った。
 浅緋は思わず身を竦ませてしまった。

「7年前、あの日は静かな夜だった。物音一つしない。異常なほどに。こういう日は何かが起こる。そう予感しながら夜を過ごしていた。突然大量の血臭が流れてきた。ヴァンパイアは血の匂いに敏感だから、すぐに現場を見に行った。ひどい有様だった。あたりは血の海。周りには若い女が数人横たわっていた。その中に気を失い倒れた浅緋とそれを必死に守ろうとする愁がいた。そして駆けつけたとき、あの男がまさにお前たちに手をかけるところだった」

 あの男と聞いて浅緋はギクリと体をこわばらした。
 夢に見るあの男。やはりあの夢は現実に起こった記憶だったのだ。

「あの男もヴァンパイア?」

 浅緋は震える声で聞いた。
 答えはあの場にいた自分が一番分かっている。それでも聞かずにいれなかった。
 否定してほしいという願望がどうしても拭い去ることができない。
 一希の言葉は肯定だった。

「あいつは純血種だ。何処から来たのか、何を目的にやってきたのかもわからない。それまで僕は外界からとは離れて生活していた。その平穏をヤツはぶち壊した。血を貪り、人を食事と欲を満たすものとしか見ていない」

 一希の目には嫌悪感が現れてた。
 愁も黙り込んだまま語ろうとしない。

「私はその人に噛まれたりした?」

 襲われたということは、獲物として吸血行為を行おうとしていたのだ。
 吸血鬼に噛まれた人間は同じく吸血鬼になってしまう。
 これはヴァンパイア伝説でも有名な話だ。

(もし噛まれていたなら、私は・・・)

 言いたいことを理解したのか、一希は浅緋の聞きたいことを正確に答えてくれた。

「ヴァンパイアに噛まれた者は出血多量で死ぬか、純血種に噛まれれば確かにヴァンパイアになる。だがそれは稀だ。ほとんどの場合人間の血がヴァンパイアの血を拒絶し、死ぬ。人が同じ血液型の人間からしか輸血できないのと同じだ。あの場にいた者は既に死んでいた。そして君は噛まれていない」

 浅緋はほっと胸を撫で下ろした。
 そしてあの場で助かったのは本当に奇跡的なことだったのだと感じた。
 今でもあの時の光景を思うとぞっとする。もし、一希が駆けつけてくれなかったらと思うと震えが止まらなかった。
 一瞬何かが頭に引っかかったが、気になるほどではなかった。

「稀に純血種によってヴァンパイア化された人間がいる。ヴァンパイアとしてのDNAを口から移す。僕らはそれをヴァンパイアウイルスと呼び、感染された人間をヴァンパイアもどきと呼んでいる。これは純血種のみができる芸当だ。ヴァンパイア化した人間はヴァンパイアの中でも格下の存在で、人間の理性を失い、ただ獲物を追うだけの獣と化す。ある意味純粋なヴァンパイアだと僕は考えている。だからヴァンパイア化を施すすることは禁忌とされている。人間にもヴァンパイア自信にも危害を加える可能性があるからだ」

 獣・・・。
 一希はそう表現した。
 人間にもヴァンパイアにも属さない。
 本能のままに従う獣と。